小川洋子『原稿零枚日記』

小川洋子『原稿零枚日記』

とある女性作家の日記という体でつづられる不思議小説。

物語は取材のため山奥の温泉を訪ねた日から唐突に始まる。
日記だから主人公についての解説も何もない。
しかも散歩途中に料亭に迷い込み苔料理を食べ始めるに至って、
この本は一体何なんだと、これから残り200ページ以上どうなるのか、つかみどころがなさすぎて先行きが不安になる。
それでもめげず読み進めていると、ページが進むにつれ奇妙なほど世界観にはまってしまった。

主人公はどうやら独身で、入院中の年老いた母がおり、
役所の生活改善課から指導を受ける程度に生活は傾いている。
税金などの支払いを滞納しているから、本はあまり売れていない気配がある。
小説よりもあらすじを書くことが得意。
非常に赤ちゃんや子供に興味を持っていて、
毎年いろいろな小学校の運動会に忍び込んだり赤ちゃん相撲を見に行ったりする。
実に怪しい人だ。

全体としての起承転結はないけれども、1ページから20ページ程度で日々の出来事を積み重ねていく。
それぞれのエピソードも緩やかに連関があって、そういうのを探すのも面白い。

全体に流れる寂寞とした空気と、悲壮感の一歩手前の穏やかな雰囲気がなんとも心地よい。
レベルは全然違うが世にも奇妙な物語的な世界。

盗作疑惑にドキドキする日、
学習ノートに小説を書くことを怒られる日、
パーティー荒らしをかばう日、
見学地でひとりひとり参加者が消えていく日帰り美術ツアーの日が特に印象深い。
いや振り返ると全部面白い。

非日常の中に根ざした日常の風景や価値観が魅力的。
体裁的にも主人公の質感としても、『妊娠カレンダー』と類似した印象だけれど、もっと進化している。
また、『人質の朗読会』で一編のタイトルともなったB談話室が出てきてにやり。
あの話の主人公も、この会合に参加したことがあるかななんて想像してみたりした。

こういう意味不明系な話は好き嫌いが分かれると思う。
私的にも、最初はあまりに読者を突き放す出だしで憂鬱だったけれども、気づいたらちょっとびっくりするくらい面白かった。
小川洋子は天才だと思う今日この頃。

ちなみにタイトルは毎回、日記の最後に記されている本日の執筆枚数を表している。
ほとんど零枚である。いいのか。

(読了日:12/3/20)

 

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