窪美澄『晴天の迷いクジラ』

窪美澄『晴天の迷いクジラ』

死への誘いに惹かれている3人が、小さな湾に迷い込んで出られなくなったクジラを見に行くお話。

小さなデザイン会社に勤める由人は、傾きかけた会社でもここしか居場所がないと死に物狂いで働いていたが、心を病み恋人にも振られた。
死のうかなと漠然と思っているとき、とうとう会社が潰れたようだと連絡が入る。
債権者にすべて持っていかれる前にと私物を取りに出社したら、社長の野乃花と遭遇する。
野乃花が自殺しようとしていることに気づいた由人は、東京からずっと離れた半島で、湾の中に入り込み出られなくなったクジラを見に行ってから死のう、と野乃花を連れ出す。
クジラ見物に向かう途中に2人は自殺未遂をしたと思しき高校生の正子を拾う。
生きる意味を見失った3人は揃ってクジラを見に行く。
流れでクジラ救助のボランティア隊に入り、役場のクジラ対策係の雅晴とその祖母が暮らす家に下宿することになる。

驚くべき展開はないものの、湾に迷い込んだクジラを通してさらりと語られる死生観は厚みがあって、緩慢な自殺状態であるクジラと、生きていても死んでいるような日々を過ごしている3人の姿を重ね合わせた構図がとても鮮やか。
しかし3人の人生はあまりに救いがない。
あまりに重過ぎる。
由人は家族関係に恵まれず、夢を求めて東京へ出てきた。
野乃花は貧しい漁師の家に一人娘として育ち、小さな偶然から子供を身篭り政治家の家の嫁となるが、育児ノイローゼから子供を棄てて東京へ出てくる。
正子は生後7ヶ月のとき姉が死んでしまったことで、神経過敏の過干渉の母にがんじがらめにされ、病んでしまう。

3人を取り巻いてきた人々は自己中心的で嫌なヤツら、に見えるけれども、現実にもこんな人はたくさんいて、普通だったら反抗するところを、3人はそれぞれ自分自身が我慢することでやり過ごしていたから、不当に傷つけられて苦しんできた。
本人達にはどうしようもない環境で、まさに堕ちていくだけという展開が苦しすぎる。
結局、生まれた時点である程度人生の道筋は決まってしまうというのは、事実そうであるから余計に見ていていい気持ちはしない。

第一章から由人、野乃花、正子と主人公が移り変わって、本当に読むのが憂鬱になる。
それでも読まずにはいられないのがこの人の筆力ではあるけど、本当に憎たらしい。

この苦々しさを昇華させる最終章。入れ替わり立ち代り3人が物語をつむぐ。
登場人物がぐっと増えて、しかも驚くほど良い人たちばかりで、その優しい交流のなかで自然に3人が過去を少しだけ乗り越え、ラストへ繋がるのは爽やかで素敵だった。
役場の雅晴と祖母の存在が物語り全体で大きな救いとなっている。

3人が抱えた「家族」との問題は何にも解決されていない。
未来はそう明るく楽しくはないだろうと思う。
それでも、まず第一歩を踏み出せたかなと感じられる爽快感のあるお話だった。

結末としてはベタだけれども、この物語の真髄は3人が背負ってきた過去にあると思う。
辛い日々でも、次の曲がり角にはこういう逆転が用意されていると信じるのも悪くない。

(読了日:12/4/22)

 

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