ぼちぼちやる。

ぼちぼちやる。

会社のFACEBOOKページをコツコツ更新し続けています。
2013年6月21日の1293から、3月25日に2000超え。
本日4月7日時点で2023と、地道〜に伸びています。

一部の友人にいいねをおねだりしたくらいで、広告も当然出さず。
心がけたのは、
・できるだけ毎日更新
・鮮度命
・リアルな情景が伝わる内容
くらい。

うちのページは現在私しか投稿していません。つまり私が投稿しないならページは休眠してしまいます。
更新しなくても罰則はないし、ご褒美もありません。
だからぼちぼち、無理はしない、自分が面白いと思わないネタをひねり出さない、だけど感情が揺れたらそれをオープンにする、というゆるい決意で投稿を続けました。

意味があったのか、今もわかりません。
いいねを金を出して買うと、うちの場合1いいね7〜30円するようなので、その点で価値の計算はできるかもしれません。
ただ、FACEBOOKのページ表示アルゴリズムが変わるとか(確かに私が管理しているページは明らかにアテンションが減っています)、FACEBOOKユーザー自体が減ってしまうとか、どうしようもない要因で無に帰すような活動です。

しかしひとつだけ揺るがない意義があるとすれば、
「自分が積み重ねた日々を数字で見られる」
ということです。

働いていたら、楽しくないこともあります。
無力感や、虚脱感に襲われ自分のやっていることの意味がわからなくなります。
頑張っても報われないことがあり、大して力を出さなくてもうまくいっちゃうことだってあります。
そういうとき、私はぼちぼち、毎日続けていたことを、ふっと拠り所に感じたりするのです。

丸5年の社会人生活、思えば私は常に何らかの「積み重ね」をしてきました。
最初に入社した会社では、企業調査や市場調査をしていたので、調査票の数がどれくらい増えたのか、目標に対する進捗を日々チェックしていました。
2社目はプロモーションをやっていたので、出稿している媒体ごとの獲得状況や、サイトの会員数をチェックしていました。
今はFACEBOOKページを更新しています。

経済活動としてのインパクトは風になびく毛ほどもないけれど、私は日々少しだけ変わっていく数字、数ヶ月経って振り返った時の伸び(あるいは、縮小、、、)に、確かに私が積み上げてきた時間と仕事を実感できるのです。

目線は低いかもしれない。
しょうもないかもしれない。
でも一番大切なのは、自分自身に仕事の喜びややりがいを感じさせてあげることです。
仕事は地味で成果の見えにくいものも多いです。
また、大きなことをやっていてもふっと穴に落ちるようにうまくいかないこともあります。
そんなとき、楽しいときも辛いときも、忙しいときも暇でしょうがないときも、変わらず積み上げていくものがあれば、「毎日これを続けてきた」それを支えに立ち続けられるかもしれないのです。
ぼちぼちやることは、保険にもなるのです。
常に全力で死ぬまで走ることなんてできないから。

ある春の日にふと、私は積み上げた数字を眺め、にんまりするのです。

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