朝倉かすみ『てらさふ』

朝倉かすみ『てらさふ』

”この世に名を残す”ことを歪んだ形で叶えようとする少女の物語である。

小樽郊外の田舎の町・オタモイに住む中学生の弥子(やこ)は、中学生らしい自己評価の高さと自意識、選民願望を持っていて、なりたいものにはなんでもなれると思っている。
しかし同時に自分は”本物”の偉人になることはできず、本物が出てくるまでのつなぎ役として評価されれば充分だと考えていた。

母が男と出て行き、祖母と暮らしていたニコは、将来を案じた祖母にオタモイに住む曾祖母の家に預けられ、弥子と出会うことになる。
美少女だが思考力の乏しいニコと出会い、弥子はふたりで組めば成功できると確信する。

弥子とニコ、物語は交互に進んでいくが、それぞれを俯瞰した視点で描かれているからとても客観的な筆致である。だから書かれている内容は子供らしく稚拙なのだが、冷静な目を通しているからむしろ冷たく乾いた印象を受ける。
表紙からもW主人公のようだが、ニコはまったく中身がない女の子のため、ニコの存在は弥子の物語を補強するというイメージを感じた。

弥子は、卵の黄身と白身のように自分とニコがそれぞれの特性を活かした役割を演じることで有名になろうと決意する。黄身の役割を担う弥子はコンビの頭脳として計画を進行していく。
まず読書感想文のコンクールに照準を定め、緻密なリサーチにより仕上げた作文で全国大会の賞を取る。
次は史上最年少で芥川賞を取る、という目標に向かって邁進し、自分は受験に失敗したり太ったり痩せたりしながらも、そんなことに頓着せず、見事新人賞を取って芥川賞も受賞する。
弥子のお膳立ての元、美少女作家”堂上にこる”としてニコは時の人となる。

この話で特異な点は、弥子がニコに嫉妬しないところだ。弥子はあくまで”黄身”としての評価で満足している。むしろ”表面だけ”でしかないニコを見下している風でさえある。だから物語に安易に想像されるような崩壊は訪れない。
そしてニコは自分で考える、ということをしない。弥子の言うことに従い、堂上にこるとしての役割をこなしていた。

破綻がのきっかけはひとりの少年である。
糸田君は弥子たちと同じ中学を出た先輩であると同時に、堂上にこるのデビュー作であり、芥川賞受賞作を執筆した人物の孫であった。弥子が書いた物語は、四十年前に書かれた公募小説の盗作だった。
芥川賞を取る、と言っても、さほど文才もない弥子なので、最初の応募作は予選も通らなかった。
そんなとき、ニコの死んだ曽祖父の部屋で配達されなかった公募小説を発見する。郵便配達員だった曽祖父は、様々な公募に出された封書を盗んで隠し持っていた。その中に糸田くんの祖母の小説も紛れていた。

事実を隠したまま弥子は糸田くんと親しくなっていったが、ニコも糸田くんを好きになり、ふたりは付き合い始めてしまう。
堂上にこるを演じることがしんどくなったニコは、糸田くんに全てを打ち明け、糸田くんはそれを許す。
ニコは弥子と手を切り、”堂上にこる”は引退する。

弥子はオタモイなんて田舎にいるから、自分は評価されないと感じているし、ニコは耳のなかから音楽が響いてくると動き出してたまらなくなり、ここではない場所へ行きたくなる。
出会った頃、二人は遠くへ行きたいという思いが一致していたけれど、結局ニコは身近に糸田君という人を見つけ、弥子はひとりになる。

卵の黄身と白身の出会いと別れの話、というほど感傷的な物語ではない。
正直ストーリーよりも、端々に書かれる弥子の痛々しいほどの”何者かになりたい”という気持ちの方が印象に残った。
小説としてはもう少し物語が濃くなる何かがあった気がして、物足りなさも感じる。肩すかしなあっさり。

物語の核であるゴーストライター、ユニット(という言い方をしていいのか)による演出、影武者など、例の作曲家騒動と一致する内容が多いが2012〜2013年にかけての連載ということで、奇跡的なタイミングで一致した内容。
だがあまりにタイムリーすぎて騒動の印象に引っ張られてしまう懸念もある。
この世には様々な裏と、それを支える人やストーリーがあると考えていけば、妄想が捗るなと感じる話だった。
あの二人の関係の裏を妄想する人びとには空虚に感じるだろう、軽くて薄い弥子とニコの物語。
詰めの甘いプロデューサー&脚本家、演じる女優は頭空っぽ、そして男で壊れる関係というチープさ。そうやって壮大な物語を滑稽に見せるのがひとつの思惑なのかもしれないけれど。

ここまで色々書いていてなんだが、実はこの物語は大して面白く無かったのだ。
エッセンスとしては間違いなく面白いのに、全体として冗長で、どうでもいいことが並んでいる感がある。
更に起承転結の、転の山場直前でぶっつり切れたような物足りなさ。

なのにどうして長々文章を紡いでいると、面白い話に感じてくるから不思議である。
せっかく時間をかけて読んだからとか、そもそもこの作者が好きだから悪くは書きたくないという心理が働いてしまうのか。
ただ、ラストはいい余韻だった。最後にようやく朝倉かすみらしい味が出てきた感じ。

既刊の作品は全て読んでいるが、朝倉かすみの小説の良さはこの本ではわからない、という評価でお茶を濁しておこう。

(読了日:14/5/4)

朝倉かすみ『てらさふ』
出版社: 文藝春秋 (2014/2/13)

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