江國香織『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』

江國香織『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』

かなり癖がある物語だということは本を開いた瞬間にわかる。
そもそもタイトルが手に取るハードルを上げている。
名詞を並べたタイトルは江國さんの他の作品にもあるが、中身もそれに似た構成で語り手がどんどん入れ替わりながら物語を進めていく形。

話の中心は幼稚園生の拓人とその家族である。
拓人は自分や周囲のひとの存在・言葉・できごとを認識することが不得意。両親と姉以外は彼の中で区別がついていない。
虫やヤモリなどの生物を愛していて、その小さな生き物たちの言葉を聞き、交流することができる。また、ひとの心の声を聞くことができる子供だと描かれている。
拓人のパートはほとんどが平仮名で書かれていて、読むのに苦労するのだが、これが仕掛けのひとつであることが最後にわかる。

姉の育実は対照的に知的で責任感が強く、風変わりな弟を愛し、彼のために尽くす。
母親の奈緒は拓人の個性に気後れしながらも子供たちを愛しているが、彼女の頭はほとんど夫のことで占められている。一回り年上のテレビマンの夫は情熱的だが悪気もなく愛人を作り数週間家に帰ってこない。
だけれど家ではよき父であり夫で、奈緒は憎しみを持ちながらも夫のことを愛している。

家族4人の他に、きょうだいのピアノの先生やその母、きょうだいが遊びに行く霊園の管理人、隣の家の独居老女などが物語を紡いでいく。

家族と周辺の人々のエピソードがいくつも盛り込まれているが、全体のストーリーというものを起承転結で語ると、とても地味になってしまうのが江國香織の小説のような気がする。
更にこの物語は本筋が何かを捉えるのが難しかった。
しばらくは幼児と呼べるほど幼い少年の成長記かと思ったが、大人たちの恋愛模様が濃くなって、愛人の存在に苦しむ妻の話かと感じるようになる。
でも最後は、子供がほんの短い間だけ持つ魔法のような力の輝きを描いている気がした。

拓人と家族に一体どんな結末が用意されているのか終盤まで予想がつかない。
ミステリだったら奈緒が夫か愛人を殺しかねないところだけれど、単純に物語は破滅へ向かわない。江國香織はずるい男とそれを赦す女を書くのがとてもうまい。
奈緒が愛人と対面するクライマックスで、裏で進む子供たちの物語としては、ふたりがペットのカエルのために奔走するという滑稽なギャップがいい。

物語の緊張がピークに達したところで、読者は少年の不思議な世界に終わりが来たことを唐突に悟る。
そして、拓人はきっと”ごく平凡な”少年になったであろうことがラストの数行で察せられる。
物語の中ではいろいろな人生の機微が描かれているけれど、これが一番切なさを感じた。

久しぶりに江國香織を読んで、この文体はどうやって生み出されるのだろうと本当に恍惚とした気持ちになる。
特に父親が久しぶりに帰ってきたときの家族の様子。まるで舞台を見ているようにそれぞれの動きと思考が感じられる。
これほど文章に情報量の多い作家はほとんどいないな、と改めて思った。物語の出来云々を超えて天才だと思う文章。

書店のカバーを外して名久井直子の装丁いいなあ、と思いつつ改めて確認したら帯がモロネタバレだった。
これは意図的なんだろうけれど、ミスリードする可能性もあるしいただけないなと思う。
私的には読まなくてよかったテキスト。

(読了日:14/11/8)

江國香織『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』
出版社: 朝日新聞出版 (2014/11/7)

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