投資と融資の間のチョモランマ(私見)

投資と融資の間のチョモランマ(私見)

銀行は看板娘を探す。愛想がよくて人好きして、店をうまく切り盛りしてくれる子。
投資家は稀代のアイドルを探す。例えば新垣結衣や前田敦子。諸刃の剣の沢尻エリカ。

 

新卒で入った会社では、社員規模4桁以上の大企業、全国チェーンや数百の店舗網を持つ小売業、上場企業などを対象に仕事をしていた。

2社目はベンチャーのくくりではあるものの、親会社は設立から20年近く経ち上場済みで、連結従業員は1,000人に手が届きそうな規模であった。企業体質としても悪い意味で日系企業的な部分があった。

対して、スタートアップとはごくごく小規模な組織で、特に現在関わっている、シードラウンド定義される会社では「社長しかいません」、ということも珍しくはない。それどころか設立から数年経ち、資金調達やメディア露出があっても数名規模で回している会社もある。

前職でも新規事業の立ち上げに関わったことが複数回あったが、所詮大きな会社の1プロジェクトであり、責任や自由度もかなり小さなものであった。だからスタートアップの世界へ飛び込んでから、会社組織、ビジネスというものについて再定義する必要があった。

起業についてもテクノロジーについても知識が乏しいから、何がイケてるか正直わからない。単純に「面白そう!」とか、「ワクワクする」という感覚だけが湧いてくる。まだそういうユーザーに毛が生えた程度の目しか持っていないけれど、その中で「投資する」ということがどういうことかは、自分の中で形になってきた。

(実は半沢直樹を見ていて感じたことだけど…)

銀行と比較して腑に落ちたのだ。もっと正確に言えば、自分の頭は銀行員のそれだと気づいた。

投資家も銀行もお金を入れてくれるという点では同じだが、銀行さんは”返せる範囲の金額”しか貸してくれない。事業のみでは苦しい場合は担保をとって、絶対に損が出ないように審査をする。それは言い換えれば「貸した分返せるか」が融資の基準だから、ある程度商売が回る見込みがあれば借りるハードルは低い。

融資できるビジネスとはだから冒険度が限りなく低いのだ。

新たな資金により売上に乗する係数を、銀行さんは「いかに1を割らないか」で考え、投資家は「できるだけ大きく」「いっそ累乗できるか」で判断する。

それはVCと銀行のビジネスモデルと心意気の違いだと考えている。VC、個人投資家は投資先のビジネスが成功する確度を上げるためにカネ・チエ・コネ・自分の時間などあらゆるリソースを提供する。そして究極、「ダメでもしょうがない」という心意気でお金を出している。そこが銀行との違いだと思う。

私はビジネスプランを聞いたとき、「それってウケるかな?」「どれくらいファンがつくだろう」と考えてしまう。

だけどうちの社長を始め、目利きの投資家はそんなみみっちい基準ではなく、まさに「世界をひっくり返す」人を求めているのだ。投資家・VCは投資の視点を忘れてはいけないのだろう。

世界を変えられるのか。テクノロジーによる天地創造。

それは単にレバレッジ的な意味ではなく、夢物語を現実にするために忘れてはいけない思考なのだ。どうせやるならでっかいことをやろう。世界をかき混ぜて新しい地平を作ってしまおう。

それがスタートアップと関わる人間が描かなくてはいけない夢。

反省と学びと、今後への自戒をここに残しておく。

 

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