中村文則『迷宮』

中村文則『迷宮』

弁護士事務所で働く主人公は、ある日一夜を共にした紗奈江という女が”折鶴事件”と俗称される一家惨殺事件の生き残りであることを知る。

主人公は幼い頃から残虐な性質を持て余し、自分の中に「R」という人格を作ることで一見正常な人生を歩んできた。12歳の時に起きた折鶴事件は「R」のしわざではないかという妄想を心のなかに持ち続けてきた主人公は、紗奈江との出会いをきっかけに折鶴事件の真相を探り始める。

あらすじとしてはミステリのようである。
実際主人公が事件の真相を知るまでの紆余曲折の物語である。しかし、主人公を含めこの物語の世界に生活感はほとんどない。
職場の描写など日常生活の風景も出てくるのだが、主人公自体の情報が判然としないこともあるだろう。
他の登場人物にしても、紗奈江は遭遇した事件含めどうやって生きてきたのか明かされないし、紗奈江の部屋から失踪した謎の男や、その男を追う探偵は元刑事だがこれまた正体不明。
折鶴事件に関係した刑事や医師もリアルな人物として立ち上がってこない。
内省的な描写が続き、つかみ所のない独特の文体で繰り広げられる物語の世界は夢現。
薄ら寒い文章や世界観はよくできているのだが、主人公がどういう人物なのかはっきりしなくて響くもの無く終わってしまった。「R」という人格や主人公の生き様など、材料はふんだんにあるのに放置され、わかりやすい理屈だけで畳まれた感じ。
主人公が主人公であることの必然性を感じない。

読んでいる間はひんやり怖さと不安を感じて心地いいのだが、最後の最後で一家惨殺事件の謎解きに落ちてしまった現実感が地に足ついてこの世界から浮いてしまった。
リアリティのない脆い世界が魅力なのに、訴えたいことがわかりやすく現実的になりすぎて冷めた感。
もういっそ最後まで意味不明でよかったのではないかと思った。

村上春樹の、飛び抜けたあと現実に戻ってこず終わる感はすごいんだなと脱線気味の感想。

(読了日:15/6/10)

中村文則『迷宮』
出版社: 新潮社 (2015/3/28)

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