臆病だから転職する(後編)

臆病だから転職する(後編)

思いがけず長くなってしまったので前後編に。
前編

変化は人間にとてつもないストレスを与えるものだ。
特に転職は変化としてとても大きい上、リスクもある。
でもなぜ転職できたかと言えば、私は臆病者であるが、座して死を待つことは耐えられないタイプだからである。

子供の頃、キョンシーをよく見ていた。
キョンシーは目が見えない。だから人の息で居場所を察知する。
そのため、万一キョンシーに遭遇したら息を止めてキョンシーが何処かへ行くのを待つしかない。
だが対応方法はそれだけではない。キョンシーは額に御札を貼ると動きを止め、コントロールすることができる(修行していれば戦って倒すこともできる)。
私は、キョンシーが過ぎ去るのをじっと耐えるなんてできないと思っていた。だからキョンシーと遭遇したら、たとえ殺されてキョンシーになるとしても御札を貼りにいこうと子供心に決めていた。
その後も悪霊に出会ったときのために九字を唱える練習をしたりしていた。

要するに、物心ついた時から「死ぬかもしれない」というプレッシャーに耐えることができない私は、討ち死にする可能性があるとしても新しい道に踏み出すしかできない、無鉄砲で残念な臆病者なのである。

 

我慢できる嫌なことと、耐えられないほど苦痛なこと

転職と引っ越しは似ている。
現在や過去の仕事(物件)で良かったこと、嫌だったことを元に次の仕事(物件)に望む条件を洗い出し、取捨選択していく。
条件の優先順位がつき、譲れないこと、耐えられないこと、嫌だけど片目をつむって我慢できることがわかっていく。
4社目の会社で働く私は、奇しくも上京してから4件目の部屋に住んでいる。
不満に思うことはあるが、概ね気に入っていて、しばらく引っ越す予定もない。
つまり転職も引っ越しも、3回くらいチャレンジしてみて、初めて自分にフィットする仕事なり部屋なりを見つけられたということだ。

とは言え、3社目の会社を選ぶときにほぼ私の中で転職の軸は固まっていた。
・会社、経営者のビジョンに共感でき、仕事を愛せる
・できるだけ小さな組織で、仕事が人生を豊かにすると考えられるような人と働きたい
という2点である。
仕事探しで初めて私は「ビジョンへの忠誠」を条件に入れてみた。
その組織に最適化してしまってもいいという会社を探そうと思った。
加えて、小さい組織を求めたのは、組織が大きくなるほどにビジョンやボスの気持ちというのは薄まってしまうと思ったからだ。

この軸は3社目に入って以降、現在も揺らいでいない。

 

変える努力をするのは愛があるから

ビジョンと愛を転職の軸に入れたのは、苦しい思い出があるからである。
2回目の転職を考えはじめたのは正直ネガティブな心理状態からだった。
周りのすべてが敵に思え、私はほとんど開き直っていて、
「なんで平社員の私が環境を変える努力をする必要があるんだ」
と思ってしまった。

職場を作るのはそこにいるすべての人なのだが、追い詰められているときは自分だけが苦しんでいる気になってしまうものだ。
私は逃げることにした。
「どうして私がこんな組織のために頑張らなくちゃいけないんだ」
というほぼ逆ギレであるが、この先、自分が組織にいることで誰も幸せにならないと判断し、環境や自分を変える努力を放棄した。
そのエネルギーを絞り出すには、愛が足りなかったのだ。
受け持った仕事自体は好きだったけど、私は会社も携わっているプロダクトも心から愛することができなかったのだ。
愛がなくても仕事だからと言う人も多かったけれど、意固地だから愛している振りをして時間と情熱を捧げることはできなかったし、それで給料という対価をもらうのは居心地が悪かったから、私はここを去るしかないと思うようになった。

「自分が全力を使ってでも変えようとする組織にいるべき」
「そこまで愛せない組織なら去るべき」

たぶん自分から辞めなくても、成果の出せない自分は部署を追われることになったと思う。
審判を待つことは臆病なのでできなかった。

 

会社で出世することは、組織に最適化すること

2社目の会社では、社長をはじめ組織の意思決定者と仕事をする機会をもらった。
経験として非常に価値がある時間だったけれど、結果として
「ある組織でプレゼンスを得るには、その環境に最適化する必要がある」
ことを感じるきっかけとなってしまった。
これは数万人の社員がいる会社でも、社長とスタッフ2人の会社だって変わらない真理だと思っている。
その場で生き抜くための体つきや考え方というものがあるのだ。
そしてそれは往々にして、汎用性がない能力だったりする。

1社会人としての能力と、社内で評価される能力。
それがズレていることは、社内で評価されているひとを見ればよくわかる。
このことは悪ではない。
自分が「ここで生き抜く」と決めた環境に自分を最適化させ、成果と評価がついてくればこんなに幸せなことはないと思う。

でも、私はこの点に気づいて大きな不安に襲われた。
その愛は永遠じゃないかもしれない。
愛が冷めたとき、次の環境に飛び出していけるのだろうか。私は受け入れられるだろうかと。

この不安を刺激し、
会社の外でも評価される能力を持たなくてはいけないと気付かされたのは2回目の転職活動での出来事だった。
最初の転職で、エージェントは向いていないし、転職サイトもピンと来ないなと悶々としていたところ、偶然見つけたとある会社に応募。
この面接で、冷静に当時の私に足りないもの(経験も能力もマインドも)をこんこんと詰められた。
なんてひどいことを言うんだとその時はショックだったけれど、しばらく時間が経つと言われたことはごもっともで、自分の浅はかさを反省した。
努力も能力も、わかりやすく提示できなければ残念ながら評価されない。
それが転職活動という一瞬のコミュニケーションの場では尚更だ。

もっとオブラートに包んでお祈りすれば済むところを、バッサリ斬ったひとの誠実さに今は感謝している。
ただこのことでメンタルの憂鬱が増し、3社目にお世話になることになる会社にエントリーするまで転職活動はやめてしまったのだが。

 

選択肢を増やすために

私の「仕事観」「会社員観」は、2回目の転職時にほぼ固まったと言える。

どうやったら生き残れるのかと考えた結果、人生の選択肢を増やすことが大切だと思った。選択肢を増やすことは、「できることを増やす」ことである。
だから3社目となる転職先を選ぶとき、私はできるだけ多様な人と関わり、色々な経験ができる会社がいいと考えた。
更に小さな組織なら、なんでもやらなくてはいけない。そうすれば「できること」はもっと増えていく。

私はこれまでの転職すべて、やったことがない仕事に就いている。
全くの未経験というわけではないが、ちょっとはかじったことがある程度という内容だった。でもその「ちょっと」が効いてくることを体験として知っていた。
だから、スペシャリストじゃなくても、やったことがある、もしくは知識として持っていることが増えるほどに、選択肢は広がる。

目的通り、3社目では、たくさんの人と出会い、本当に色々な経験をさせてもらった。
またしても、自分の好きなこと、苦手なこと、向いていることいないことがわかった。
「できること」は格段に増えた。
しかし3社目を辞めるとき、「成果を出す」ことができていないという事実に直面した。
もうすぐ30である。経験もスキルも、それを得ているだけでは片手落ちで、仕事の成果とは社会に価値を与えることである。
私はまったくその域に達していなかった。

だから、成果を出したいと思って4社目を選んだ。
3回目の転職では現職以外に、もっとアーリーな会社や、とてつもなく巨大な会社も選択肢としてあった。
でも今の会社を選んだのは、この瞬間でしか乗れない波があると感じたからだ。
「時の運」というものがある。
臆病者としては本当は安定した大企業に行くべきところかもしれないが、不安よりも未知数なものへの期待が勝った。
小さな組織で働き、多くのスタートアップを見てきた中で、「小さな組織が生み出すもの」の未来を信じたいと思った。

 

最後にお金の話

プレジデントウーマンの記事にはお給料のチャートが載っている。
一応、転職のたびに微増はしているが新卒で現在の私の年収をもらう会社もぱぱぱと思いつくぐらいのお給料額である。
これまでの転職で給料にこだわったことは1度もない。
確かに大きな額貰えたら嬉しいけれど。
さして年収が上がらなくてよかったと思うのは、「給料が減る」という理由でやりたいことを諦める必要がないこと。
お金に振り回されるのは、決してお金のない人だけではないことを見てきた。
正直わびしい風景である。

1社目の会社は、初任給が少し高めだった。2年目、3年目の年次昇給はほぼなかったけど。
(3年目の5月で辞めたので真相は不明だが)6年目か7年目のタイミングで大きくベースが上がると小耳に挟んだ記憶があり、私は今社会人7年目なので、辞めず、順当にいけば今より高いお給料を貰っていたのではないかとふと考えもする。

そのせいか、最近は「もしあの時転職しなかったら」と思い浮かべることがある。
その世界線の自分は想像もつかない。
無駄に傷を負い、敵を作り、あがいた気もするし、履歴書の職歴欄はぐちゃぐちゃになったけど、世界の広さと複雑さを知り、色々な人に出会えて、生き残るための選択肢も増えた。
たぶん生存能力は今の私のほうが高い気がする。
無鉄砲な臆病者なのは変わらないけれど。

 

書き始めた時は
「前編で言いたいこと言い尽くしたかな〜」
とか思っていたのに、こんなに長くなってしまった。

しょうもない自分語りでしたが、読んでいただきありがとうございます。

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