売れるものを作ろうとする怖さ

売れるものを作ろうとする怖さ

 

まだまったく考えがまとまっていないのだけど、メモとして。

 

自社のサービスやプロダクトについてコンセプトを考えるうち、
「ニーズはあるか」
「どう欲求を掻き立てるか」
という議論になる。
先日も議論になった。もやもやしている。

今取り組んでいるプロダクトについて、提供したい価値、それがある世界は見えている。
でも、どう伝えたら欲しいと思わせられるか?
正直まだまだ煮詰められていないことは多い。

 

多くの人が欲しいと思うものを作らなくてはいけない。
しごく当然な意見である。
でも、人が欲しがるものを作ろうとして、
「これは誰もが欲しいと思うよ」
と言われるレベルに至ったとして、その仮説は売れるまでわからない、というのはとても怖いなと感じる。
「売れる」
ことがすべての基準になっている以上、それが崩れた時は諦める、しかないのではないか。
最近はKickstarterなどのサービスがあり、よりニーズが明確になった。
だけどそれはあくまで「欲しい」という欲求である。
私的に、サービスやプロダクトが大きく普及していく(キャズムを超えると言っていいのかしら)には、「欲しい」を超えて、「もう離せない」と思われなくてはいけないのではないか、と思うのである。
そしてそれは「欲しい」と思っている本人にすら判断できないと思う。

とても欲しかったけど、手に入ったらどうでもよくなるものは多い。
みんなが欲しいと言ったけど売れなかったものはたくさんある。
売れたけど、一瞬で飽きられたものもある。

もちろん、誰も欲しがらないものを作って死んでいったら最悪なんだけど、馬車と車の逸話にあるように、みんなは車よりも速く走る馬が欲しかった。
初期の車はそりゃまあ高いし性能は低かったろう。加えて道路状況は最悪のはずだ。
https://gazoo.com/car/history/Pages/car_history_001.aspx

欲しいよりも、一度その価値を知ったらそれがない世界には戻れない、そんなポイントを見つけることこそが重要じゃないのか。
みんなが欲しいと思うものを作る、売れるものを作る。それは一見正しいことだけれど、本質的な部分を考えずにいるような気がしないでもない。

マーケティングとは「売れる仕組みを作ること」。

サービスやプロダクト自体が「売れる」原動力になる、それって可能性は想像以上の結果をもたらさないのではないかなあ、と思ったり。

 

答えはまだ見えないのだが、このもやもやの原因を考え突き詰めると、高尚なレベルの思考じゃなくて、単に愚直に追い求めるべき価値が自分の中でまだ定まっていないからだろうなと思う。

その理由は考えが足りないからで、考えの種になる情報がぜんぜん不足している。簡単にぐらぐらしてしまうようなゆるふわな仮説と思考しかないんだろうなあ、という反省となるのである。

ある本を読んで、フィールドワークが不足しているというかぜんぜんできてないと気づいたので、9月はそこに取り組もうと思った。
そうすれば少しは自分なりに自信のある回答が見つかるかしら、という8月の宵。

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