東野圭吾『人魚の眠る家』

東野圭吾『人魚の眠る家』

東野圭吾は推理小説家ではないと感じるのはこういう作品がたまーにあるから。
人が死なないだけでなく、謎や恐怖もない、登場人物の心の動きを追うミステリ。

来年小学生になる女の子・瑞穂がプールの事故で意識不明となる。
脳死状態だと診断されたが、瑞穂の母・薫子は娘の回復を信じ治療を続けることを望む。
奇跡的に容体が安定した瑞穂は最新の医療技術を取り入れることで、眠っているような姿まで「回復」する。

父親の和昌は脳と機械を繋ぐことで障害者の機能回復を目指す医療機器メーカーを経営しており、社員の星野に瑞穂の「治療」を手伝わせようと薫子に引き合わせる。
脳の代わりに電気的な刺激を与えることで、筋肉を動かす技術を実践する星野は、薫子の期待に応えるために瑞穂の治療に没頭するようになる。

機械で操作することで動く娘に喜びを感じる薫子だったが、薫子以外の家族はそれぞれ気味の悪さを感じるようになっていった。

とにかく山場も無ければ緊張感が高まるところもない。何も事件は起きないが面白い小説というのも確かに存在するのだが、これはそうではなかった。
途中、臓器移植を待つ子どもの支援団体と絡む場面は波乱を予感させ、予想外の展開も待っていたのだが、ドラマに欠ける。
ぽつぽつと事件の芽や新事実は姿を見せるのだが、風船が膨らみ切る前にしぼむ感じが続く。

脳死は人の死か、というテーマが軸となっているのだけれど、それと真剣に向き合うにはこざこざした仕掛けが障る。
エンタメにするにも盛り上がりにかける。
読みながら「生きている」ということはどんなことなのだろうと思いを巡らせるのだが、こう、イマイチ薫子にも他の登場人物の考えにも共感できる部分が薄く、思考が浅いまま流れていく。

文章がとても読みやすくスピード感あるので読んでいてもそこそこ満足なのだけれど、もう一度読むことはないなあという、ここ数年の東野圭吾評をまた補強した一冊であった。

(読了日:15/11/19)

東野圭吾『人魚の眠る家』
出版社: 幻冬舎 (2015/11/18)

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