一時休止

一時休止

熊本空港が閉鎖され足止めされていましたが、
今夜から飛行機が飛ぶということで、明日には東京に戻ります。

幸い自宅兼店舗は中はめちゃくちゃになり、
隣家から大量の瓦が降ってきたものの、

窓ガラスが割れた以外建物の損壊はありませんでした。

40年前に鉄筋コンクリートで家を建ててくれた亡き祖父に感謝です。

本震の夜こそ公園で夜を明かしましたが(おかげで風邪を引いてしまいましたが)、家が無事で電気ガスが大丈夫だったこともあり、それからは家で過ごすことができました。

家の近くを散策しましたが、塀や外壁が崩れたり瓦が落ちたりはしているものの、おおよそ記憶通りの町並みです。
路上に瓦礫が山積していたり、壁を塗りなおしている人がいたり、
石焼き芋の車で木材を燃やしていたりと、
少しずつ回復へ向かっている空気がします。

もちろん身近な人も含め、壊滅的な被害を受けた方もいます。

8歳まで過ごした高森は未だに陸の孤島です。すぐには解消されません。
親類の無事はわかっており、年寄りもいないので少し安心ですが、
もう顔も思い出せない友達や、近所のおじちゃんたちはどうなったのかと思います。

市内までピアノやバレエの習い事のために、週に何度も通った赤橋は落ちてしまいました。
開通のニュースを聞いた時、
子供の頃、何度も酔って吐いた俵山の峠越えをしなくてよくなったんだ、
と感慨深かった俵山トンネルも崩落したそうです。
交通事故に遭ったとき運ばれた立野病院も損壊しているし、
立野駅は社会科見学の時電車を乗り換えたなとか遠い記憶が蘇ってきます。

家から10メートルの公園では、金曜日からテントを張っている人がいます。
土曜日に避難所になっている出身小学校へ行ってみましたが、
体育館、校内、そして駐車場もぎゅうぎゅうでした。
私も親も子供の頃の思い出があるショッピングセンターは倒壊しつつあります。
見るたびに余震のせいで壊れ方が激しくなっています。

中学の時、毎日通学で乗っていた市電も運休中です。
熊本城の修復された姿を間近で見ていないのが心残り。
年末に行けばよかった。

ただ、悲惨な状況は確かにあるものの、
また、私が見た風景もあくまで一部でしかありませんが、
正直報道とのギャップを感じる部分はあります。

冷たいように聞こえるかもしれませんが、
みんな一律で食うに困り家をなくしているわけではないのも現実です。

支援の形も状況に合わせ、そして時期に応じ変わって欲しいと思います。
実家の受けた被害も大きくなく、
また、東京に戻る身で勝手なことは言えませんが、
1日でも早く被災者から脱して、日常に戻ることが大切だと思っています。

母もかなり落ち込んでいましたが、
仕事の予定が入り出してだいぶん元気になっています。

これからも大変なことは多いですが、
これまでのようにお金を稼げるようになり、
お金を落としてもらう場所にしたいと思います。

たくさんの励ましと優しい言葉をありがとうございます。
私ももっと、人にやさしくできるようになりたいと思います。

片付け中にありがちな、写真を見つけて作業が進まない……。

片付け中にありがちな、写真を見つけて作業が進まない……。

 

 

 

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