小川洋子『人質の朗読会』

小川洋子『人質の朗読会』

日本から遠く離れた地球の裏側の国で、ゲリラに誘拐された8人。
3ヶ月以上の拘束の末、全員爆殺され事件は終わる。
2年後、8人が監禁されていた小屋の盗聴テープが公にされ、人質たちは小屋の中で一人ずつ自分の人生の物語を朗読していたことがわかる。
その朗読は人質たちが生きた証として、一夜に一話ずつ、ラジオ番組で放送される。

事件の概要について前段のあと、8人の人質と、朗読会を盗聴していた兵士の短編という構成。
それぞれの物語は短い。
今に至る人生の、キーになったエピソードを語っている。
少しファンタジックな話が多い。

夫を突然亡くして子供もなく、漫然と働いている主人公が通勤途中に見かけた青年を追いかけ、仕事をサボって彼の槍投げの練習を眺める『槍投げの青年』。
槍投げを見るだけ、という非常に地味な話しながら、描写が秀逸。小川洋子の筆力を実感する作品で、物語もとても深い。

小川さんは何かの動作を丁寧に描く人だという印象がある。
『コンソメスープ名人』では隣の家のお嬢さんがコンソメスープを作る様子を詳しすぎるくらい詳細につづっている。
くどいくらいの描写が、ちゃんと生きているという感じがして好き。

公民館のB談話室で開かれる様々な会合に主人公が入り込む『B談話室』が一番好きだった。

そして最後の夜に流されるのは、人質たちの監禁生活を盗聴していた兵士の物語。
彼の話の中でちらほらと出てくる人質たちの話題に、
これはあの人のことかなと思い浮かべながら、それまでの話を振り返ってみたりした。
朗読という形にしたのが面白いなと思う。
声は聞こえないけれど言葉にして紡がれる声や温かな拍手が聞こえてくるような気がする。
一部で指摘があるように、中身は完全に普通の小説の形態であり、話者ごとに語り口を大きく変えていない。完全に小川洋子の文章である、当然ながら。
その点で面白くないという批評もわかるが、
私的にはデフォルメの逆というか、物語に集中するために必要な表現の抑制なのかと解釈した。
あくまで紡がれるのは個人的な話だけど、語り口の差異を小さくして個人を希釈化することで、読み手との間にいい意味で曖昧さと距離感が生まれている気がする。
なので、途中からは好意的に受け止められた。
おしまいには、これでよかったと思った。

作中、人質たちがどのような状況に置かれ、どんなことを考えていたのか、
その恐怖や絶望、拘束が長引くに連れての心の動きなどはまったく書かれていない。
残された家族についても、途中で絶たれた人生の切れ端がどんなものだったかも語られず、
あくまで朗読中の過去の姿だけを描いている。
各話のラストに職業と年齢・性別・ツアーの参加動機が記されているだけで、名前すら定かではない。
語られたエピソードと、最後の一行の間に流れた月日を思い、更に感慨が深くなる物語。

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