イベント運営で自己満足に陥らないための覚書

イベント運営で自己満足に陥らないための覚書

私はイベント(セミナー、ワークショップ、飲み会、過去には演劇なんかも)を作った経験がひとよりも多い方だと思う。
体感としては、イベントはやる機会があるひと、ないひとにぱっきり分かれるから、機会が多くあるタイプ、という表現が正しいかもしれない。

21日にも仕事として、半日の集中メンタリングをおこなった。
アイスタイルさんに会場をお借りし、メンター14名、スタートアップ30名というそこそこの規模である。
大きなハプニングは起こらなかったが、もう少し工夫すれば自分も楽だったし、参加者へのフォローも厚くできただろうと反省がある。

そういえば、先日某大学で行われたイベントは、正直ひどかった。学生が主催だということは何の言い訳にもならない(中学生以下だったら、それは先生の責任だけど)。
きょどってる、テンパってる、というのは、私としては「仕方がない」ことではない。
何の問題も起こっていないのにまともに誘導もできない(緊張して?)人間を来賓の前に出すのはおかしいだろう。
みんな思うところはあったようだが、特にその場で指摘することはなかった。
それってとっても恥ずかしいことだし、もったいないことだと思うけれど。
彼らの満足気な顔やコメントを聞いていると特にそう思った。
イベントはそれ自体に価値があるのではなく、イベントに参加したひとの心に何かを刻み込め、それを発芽させられてからこそ本当に成し遂げたと言えると思っているから。

ひとのイベントについてあれこれ批評するのは意味が無い。私がひっかかったことを自分主催のイベントでは起こらないようにしたいと思う。

イベントには関係者がたくさんいる。
あたりまえだけれど、
「相手の身になって考えてみる」
こと、そして何より
「いろいろなひとがいる」
ことを理解しておくのが重要だと思っている。

たとえば、案内の回数やタイミング、ほしい情報量はひとによって異なる。
リマインドメールは、あるひとにはありがたくても別のひとには
「いちいちうるさい、信用されてないの?」
と思われるかもしれない。
忙しいだろうから必要最低限の情報を伝えたとき、
「なんで詳細を送らないんだ」
と思うひともいるかもしれない。

継続するもの、かつ同じ相手に頼む場合は、過去の経験を反映し、やり方を最適化すればいい。
そんなことは誰でもできるコツ。

「いろいろな人がいる」という理解が最も効くのは自分自身の気持ちの運び方。
「私はよかれと思ってやったのに」「順を追ってやっているんだから先回りして急かさないでほしい」
そういう言い訳をしたくなる。
でも相手にはそんなことは関係ない。いちいちイラっとしたり、落ち込んだりしてもあまり意味が無い。

ゴールはイベントの効果を最大化すること。

他者は私の期待を満たすために行動しているのではない。
ひとをコントロールしようとしてはいけない。
そのひとの力が必要ならば、価値観をすり合わせるために言葉を尽くし、思うとおりに動くように仕掛けを準備しなくてはいけない。
行動矯正のようなもの。

そして同時に、私も他者の期待を満たすために行動しているのではない。
落ち込みすぎない、腹をたてない。
すべてはゴールのため。

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