山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』

山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』

地方都市に暮らす女を主人公にした8編の連作短編集。
登場人物たちがリンクしながら時代を遡る形で進む。

mixiやtwitterなどまさに今、流行っているワードがふんだんに出てきて、
物語の鮮度とリアルさを感じさせるけれど、個人的にその現実感がぞわぞわ居心地が悪い。作品の質とは関係なくこういうのは好みではない。

サッカーが上手くて、女子のあこがれの存在だった「椎名くん」がキーパーソンとして全編に共通して出てくる。

第1話の『私たちがすごかった栄光の話』では、高校を卒業し東京に出るも、30歳にもなったし、というだけの、特筆すべき理由もなく田舎に戻ってきた主人公が、青春時代の憧れの存在として椎名くんを登場させる。
しかし終盤に主人公は、地方都市で真面目に働く父親となり、面白みも尖った部分もなくなった椎名くんと再会する。

ここで完結する物語とは別に、
読者は『輝く青春の象徴的存在であったけれど、時を経てただの人になってしまった椎名くん』、という人を印象づけられる。
以降、椎名くんが登場するたびに、青春時代の輝きとやがて平凡な大人になることの切なさを同時に感じさせる効果がある。

2話の『やがて哀しき女の子』は人物描写や視点が好きで、
3話の『地方都市のタラ・リピンスキー』は意外な仕掛けがあり、また物語としても一番濃度が濃かった。

が、4話以降がイマイチ、合わない。
なんでだろうと考えたら、最初の3編は夢と希望に溢れていた過去と、理想とは程遠い現実の差とその痛みをキリキリ描いているのに、
それ以降は主人公の年齢が下がり、何をしなくても楽しく輝いている大学生、高校生になってしまって、苦味が決定的に足りない。
若い頃は悲しみも苦しみも凶器ではなくスパイスだろうと思ってしまう。
加えて物語性も高くない。
だから後半は満足度が下がってしまった。惜しい。

ただ、たぶん私はもう青春から遠ざかった立場だからそう感じるのであって、青春まっただ中にいたり、逆にずいぶんと年をとって、理想と現実の落差とか挫折とかもまるっと飲み込める状態だったら感想は変わったかもしれない。

都会で生まれ育った人もまた感想は違うかな。
人と感想を話し合うのに向いている作品かもしれないと思う。

(読了日:12/11/02)

 

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